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財団法人 松山観光コンベンション協会 ~笑顔あふれるパワースポット松山へようこそ!~

松山観光ナビ

道後温泉

松山っていうたら道後温泉やね!道後温泉には3000年の長~い歴史と道後湯の癒しがたっぷりつまっとるけん!

道後温泉本館は、平成31年1月15日以降、準備が整いしだい文化財的価値を将来の世代に受け継いでいくための保存修理工事を予定していますが、入浴利用はできます。

日本最古!道後温泉の歴史

神の湯3000年の歴史を誇る道後温泉は、兵庫の有馬温泉、和歌山の白浜温泉と並ぶ日本三古湯の一つです。道後温泉は、「日本書紀」、「源氏物語」など様々な文献にも登場し、大国主命が少彦名命の病を治した話や聖徳太子の来浴など、「日本最古」にふさわしい言い伝えも多く残っています。

古くは「伊予の温泉(ゆ)」・「熟田津(にきたつ)の温泉(ゆ)」と呼ばれ、大化の改新により国府がおかれた後に「道後」の名称が生まれました。

坊っちゃんと道後温泉

坊っちゃん団子現在の道後温泉本館・神の湯棟が完成した翌年の明治28年(1895年)、夏目漱石は愛媛県尋常中学校(松山中学)の英語教師として赴任し、約1年間松山に滞在しました。当時の松山の様子などを元に創作された小説「坊っちゃん」は大ベストセラーとなり、道後温泉の評判が広く全国に知れ渡るきっかけとなったのです。

また、道後温泉街名物である「坊っちゃん団子」は、小説の中で、主人公の坊っちゃんが温泉帰りに食べた団子のモデルとなった「湯ざらし団子」が、その後3色にアレンジされたものと言われています。

道後温泉本館

道後温泉本館道後温泉本館は、明治27年(1894年)に約20ヶ月の工期と、総工費13万5千円をかけて建造されました。同時期にドイツからはるばる輸入された「坊っちゃん列車」が9,700円であったことを考えると、破格の予算でありました。

小説「坊っちゃん」に登場し「ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ。」と褒められた「住田の温泉」とは道後温泉本館のことです。木造三層楼の建物はその後増改築を繰り返しながら明治・大正・昭和・平成の4代に渡りたくさんの方に利用され、築100年を迎えた平成6年には国の重要文化財の指定を受けました。

朝6時、正午、夕方6時の一日3回、本館屋上の赤いギヤマン張りの「振鷺閣(しんろかく)」から毎日響く「刻太鼓(ときだいこ)」は、「残したい日本の音風景百選」に選定されており、ドーンドーンと湯の町に響き渡る力強い音色は、道後温泉ならではの情緒を醸し出しています。また、フランス・ミシュラン社が発行した「ミシュラングリーンガイドジャポン」では最高位の三ツ星の評価をいただき、国内だけでなく海外からも高く評価されています。

道後温泉別館 飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)

飛鳥乃湯泉飛鳥乃湯泉は、平成29年にオープンしました。建物のコンセプトは、聖徳太子の来浴や斉明天皇(さいめいてんのう)の行幸などの物語や伝説が残る日本最古といわれる温泉にふさわしい飛鳥時代の建築様式を取り入れた湯屋です。道後温泉本館と同じく、全国でも珍しい加温も加水もしていない源泉かけ流しの「美人の湯」を満喫することができます。

開放的な大浴場と、道後温泉本館には無い露天風呂、また道後温泉本館の皇室専用浴室の又新殿(ゆうしんでん)を再現した特別浴室を設え、昔の浴衣(よくい)「湯帳(ゆちょう)」を着ての入浴体験もできます。

椿の湯

椿の湯道後温泉 椿の湯は、椿をシンボルとした松山市民の「親しみの湯」で、多くの皆さまに愛され、今でも生活には欠かすことのできない公衆浴場です。

その昔、聖徳太子が行啓されたとき、椿が枝をさしかわすように生い茂っている当時の温泉郷の見事な光景を、まるで天寿国にいるようであるとたたえていて、椿の湯は、この聖徳太子のことばに起源をもち、その名が付けられたもので、昭和28年「第8回国体」が松山で開かれたときに新設しました。

昭和59年に改築、平成29年にリニューアルされ、浴槽の深さを60cmと浅くし、外気に触れられる休憩室を浴槽近くに設置しました。

飛鳥乃湯泉と椿の湯は、回廊でつながっており、その回廊には多目的トイレやベンチが設けられています。

教えて!なもちゃん

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